第117話「卒業式」

2017/09/11

あおげば尊しを歌う生徒達。
彼らの姿を見ていると、一年間の色々なことが思い出されて胸が熱くなった。
教員になって4年目。初めて3年生の担任をまかされて迎える卒業式は、感慨深いものがあった。
保護者席の方からもすすり泣きが聞こえる。その時、ふと、体育館の入口に立つ女子生徒の姿が目に入った。保護者席の後ろの壁によりかかるようにして立っている。
大事な卒業式に遅刻したのだろうか。にしても、せっかくのお祝いなのだから、座ればいいのに。
私は、その生徒を呼びにいこうとした。すると、腕をつかまれた。隣の安堂先生だった。教員歴30年の大先輩だ。安堂先生は首を横にふってささやいた。
「あの子はいいの」
「え、でも・・・」
「いいから」
「はあ」
安堂先生は、きっと何か事情を知っていてそう言っているのだと納得するしかなかった。けれど、私は卒業式が終わるまで、ずっとその女子生徒のことが気になって仕方なかった。

式が終わると、体育館前は生徒と保護者で人だかりができた。涙ながらに別れの言葉を伝え合う生徒達。我が子の晴れ姿をカメラにおさめる父兄母たち。
私のところにも、担任の生徒達が何人もやってきて写真を撮ったり、挨拶をしにきた。
そうして、だんだんと人だかりが減ってきた。賑やかさがなくなると、途端に寂しい気持ちが募る。
その時、私は再びさっきの女子生徒を見つけた。体育館裏の陰から、帰っていく生徒達の姿をのぞいていたのだ。悲しげな表情をしていた。見かけたことのない生徒だし、不登校でクラスの輪に入れないのだろうか?
私は声をかけにいった。
私が近づいていくとサッと女子生徒は体育館の陰に隠れた。
私は彼女を追って角を曲がった。
しかし、女子生徒の姿は消えていた。
どこにも隠れる場所などないのに。
え・・・?
わけがわからなかった。
一陣の風がビューっと通り抜けていった。
・・・彼女は・・・なにもの?
突然、肩を叩かれた。
「ひっ」と声が出た。
安堂先生だった。
「安堂先生・・・」ホッと息をついた。
安堂先生は険しい顔つきをしていた。
「あの子に関わったらダメ、いい?」
そう言うと、安堂先生はクルリと背を向けて去っていった。
・・・彼女は何者なのか。気になった私は職員室に戻ると卒業アルバムを確認した。
けれど、彼女はどのクラスにもいなかった。
存在しない生徒・・・。
そんな馬鹿な・・・。
安堂先生に確認しよう。
私は安堂先生を探しに職員室を出た。

空は、夕暮れのオレンジと夜の藍色が混じり始めていた。
体育館の前まで来て、私はあの女子生徒を再び見かけた。入口のドアから覗くようにこちらを見つめている。
・・・何か訴えたいことがあるのだろうか。彼女はサッと身を翻し、体育館の中へ入っていった。
私は彼女の後を追って体育館の中へ入った。
・・・体育館には誰もいなかった。
ひとけがない体育館は冷え冷えとしていた。電気がついてないので視界が悪い。
「お願い、出てきて、話をしましょう」
私の声が体育館中に響いた。
その時、体育準備室の方からボールが跳ねるような音が聞こえた。
「そこにいるの?」
重い金属製のドアを開けて、準備室に入った。カゴに入ったバスケットボールやバレーボール、跳び箱やマットが整然と並んでいる。
その時だった。
壁に立てかけられていたバレーボール用のネットを支えるポールの束が私の方に倒れかかってきた。
ぶつかる!そう思った瞬間、誰かが私の身体を突き飛ばした。
ポールは私の顔の真横に落ちて、激しい音を立てた。まともにぶつかっていたら大怪我ではすまなかったろう。
振り返ると安堂先生が立っていた。
「あなたが体育館に入るのが見えたから・・・よかった」
安堂先生は息を切らしてそういった。
その時、棚の上から、女の子の笑い声が聞こえてきた。見ると、一番上の棚に例の女子生徒が足をブラブラさせて座って、私たちを見下ろしていた。とても残忍な笑みを浮かべながら。
「出ましょ」
私は、安堂先生の肩を貸りて、体育館を後にした。
外に出ると、ようやく気持ちが落ち着いた。
「・・・何者なんですか?あの子は」
私は安堂先生にたずねた。
「私にもわからない・・・もう何年も前からなの。卒業式の日になると、必ず現れる。」
「幽霊、ですか・・・?」
「おそらく・・・けど、お祓いをしても無駄みたい」
そう言って安堂先生は腕まくりをした。手首から肘にかけて、深く切ったような傷痕が残っていた。
「7年前の卒業式の日、理科室の棚の下敷きになってね・・・」
「あの子、この学校の卒業生でしょうか?」
「調べたけど、記録は残ってなかった。わかってるのは、彼女の狙いが教師だけってこと。生徒には彼女の姿は見えていない」
「・・・」
卒業式にだけ現れる幽霊。
彼女は何者で、目的は何なのか。
成仏できず、さ迷う理由があるのだろうか。
いや、理由などないのかもしれない・・・。
彼女の不気味な笑顔はしばらくしても頭から離れなかった。

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