第105話「バレンタインの怖い話【もらう編】」

2018/02/13

 

今年もバレンタインの季節が近づいてきた。この季節になると、どうしても思い出してしまう記憶がある。

中学校2年生の時。クラスメイトにT君という生徒がいた。日本人離れした彫りの深い顔をしていて他校にファンクラブまである男子だった。
T君は、モテるのが当たり前だったから、女子の扱いもぞんざいで、彼女は週替わりで変わっていくという有様だった。
そんなT君は毎年、バレンタインには100個近いチョコレートをもらっているという。
うらやましい限りだが、手が届かない存在すぎて、嫉妬すら起きなかった。

2月14日。案の定、T君はずっと女子に囲まれていた。
その日の帰り。ひょんなことから僕はT君と一緒に帰ることになった。

T君は、通学用カバンとは別の紙袋いっぱいにプレゼントのチョコを入れていた。
持ち帰るのが大変だと思って事前に用意していたという。
もはや常人とはスケールが違いすぎて、僕は「へえー」としか言えなかった。

校庭を二人で歩いて帰っていた時だった。
校門の方から他校の制服を着た女子がこちらに向かって走ってきた。
手には紙袋を抱えている。
ああ、T君にチョコを渡しに来たのだなと僕は思った。
T君は女子の存在に気づいているだろうに、あざとく僕との会話に夢中で気づいていないフリをしていた。

女子はもう目の前に迫っていた。
その時、僕はその女子の様子が少しおかしいことに気がついた。
目は血走っていて、どこか遠くを見ているように焦点が合っていない。

その女子が紙袋から取り出した包丁で、T君の腹部を刺すまで一瞬だった。
血飛沫が僕の顔に飛び散ったのがわかった。
呆気にとられて言葉もなかった。
T君は、ぱくぱくと喘ぐように口を開け閉めさせ、口から血を流している。
T君を刺した女子は、心を失った人形みたいにその場に立ち尽くしていた。

動機は嫉妬だろうという噂だった。
T君を刺した女子は、精神病院に入院してしまったので誰にも真相はわからずじまいだった。僕の地元で、T君は、モテすぎて殺された男として有名だ。
後から聞いた話では、T君を殺した女性は、実はT君の本命の彼女だったらしい。
なんとも皮肉な話だと僕は思った。

ただ、一つだけみんなが知らないことがある。
T君を刺した女子はT君を殺してはいないということ。
あの時、T君はまだ息があった。
包丁は心臓には達していなかった。
最後の一押しで奥まで差し込んだのは、この僕だ。
だって、T君みたいな男子が生きていたって、僕みたいな凡人には何のメリットもない。みんなもそう思うよね?

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