第93話「ようこそ我が家へ」

「今度ぜひ我が家へいらしてください」
SNSでそうダイレクトメッセージが送られてきたのは、つい先日のことだった。
僕はオカルトライターとして、雑誌やインターネットで記事を書いている。
メッセージの送信者の家では心霊現象が多発しているらしく、ぜひ一度見て欲しいと住所も記載されていた。

その家は、東北の山奥にあった。
周りに民家もなくなり舗装されていない一本道を車で進むこと20分、ようやく目的地の住所に到着した。

青い屋根に白い板壁。オシャレな別荘風の家屋だった。
車を停め、玄関チャイムを押してみるが、しばらく待っても応答はなかった。
取材日時に間違いはない。どこかに出かけているのだろうか?
「ごめんください!」
声をかけてみたけれど、音の一つも聞こえなかった。
その時、シチューのような香りが鼻を刺激した。
おそらく家人がキッチンで料理をしているのだろう。
やはり在宅しているのだ。
僕は、もう一度、玄関チャイムを押した。
それでも反応がないので、扉のノブを回してみた。
鍵はかかってなかった。
ドアを開け隙間から顔を差し入れ「ごめんください」と声をかけてみた。
だが、やはり返事はなかった。
車で待っていようかと思ったその時、ジューという吹きこぼれる音が聞こえた。
まさか、鍋に火をつけたまま出かけてしまったのだろうか。
僕は慌てて靴を脱いでキッチンと思われる方へ駆けていった。
後ろで、ドアが閉まるカチャンという音が聞こえた。

案の定、キッチンの鍋で沸騰したシチューが吹きこぼれていた。
僕はガス栓を捻って火を止めた。キッチンには誰もいなかった。やはり出かけてしまったようだ。
周りを見回してみる。
白で統一された内装は清潔感があって、どこも手入れが行き届いていた。
心霊現象が起きそうな家には見えない。

キッチンの横はダイニングになっていた。
・・・あれ?
その時、違和感を覚えた。
ダイニングテーブルの上に料理が並んでいたのだ。
湯気がもくもくと出た大皿にシチューが注がれていた。
その横のグラスには、なみなみとワインが注がれていた。
まるで、今さっきまで誰かが食事していたかのように・・・。
その様子に、僕は、マリーセレステ号事件を思い出していた。
今しがたまで朝食を食べていたかのような跡を残し乗客乗員が忽然と姿を消してしまった、“航海史上最大の謎”とされている事件だ。

僕は、急に不安に襲われてきた。
リビングと、その隣の書斎も見てみたけれど、誰の姿もない。
その後、2階と地下室も調べてみたけれど、誰もいなかった。

僕は途方にくれた。
人がいる気配はあるのに誰もいない。なんだか気味が悪かった。確かにこの家には何かがある、そんな気がした。

その時だった。
携帯電話からメッセージの到着を告げる音がした。
確認してみると、この家の持ち主からメッセージが送られてきていた。
「ようこそ我が家へ」
メッセージはそれだけだった。
一体、どういう意味なのか。
「どこにいるのですか?」そう返信を送っても、返事は返ってこなかった。

・・・ただ、一つわかったことがある。
今日から僕はこの家に住まなければいけないということだ。
理由はわからない。ただ、そう決まったのだと、なぜか僕はその時確信していた。

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