第90話「赤いコートの女」

これは数年前の話なんだけどさ。
初めて人に喋るんだ、この話。
・・・ミキだから特別だよ。
実は、誰かにずっと言いたくて仕方なかったんだけど、理由があって喋れなかったんだ。
・・・それを聞いて欲しくてさ。

ある年、実家に車で帰ったんだ。
で、その帰りの話なんだけど。
ミキならわかると思うけど、俺の実家からの帰り道って峠が多いだろ。
次の日、仕事だったもんだから、夜の峠道を一人で走って帰ってたんだ。
すれ違う車なんか全然いなくてさ。
なんか怖いなーって思いながら走ってた。
普段は聞かないラジオ流しながらさ。

そしたら、急に、目の前に女が現れたんだ。
びっくりして慌てて急ブレーキかけたよ。
なんとか、ぶつかる寸前で車は停まったんだ。

「ふざけんな!」とかなんとか言ってやろうと思って、窓を開けて、初めて女の服装に気づいたんだ。真っ赤なコートを着ててさ、なんだか異様な雰囲気を感じたんだ。
でも、すごい美人でさ。
・・・おっと、怒るなよ。別に、そういう類の話じゃないんだから。
まあ、正直、美人だったから怒りづらくなったのはあるよ。
とりあえず俺は声をかけた。「大丈夫ですか?」って。
そしたら、その女はか細い声で答えを返してきた。
「・・・山道を散歩していたら、道に迷ってしまって。ご面倒だとは思うのですが、宿泊しているホテルまで送ってもらえませんか?」って。
見ると女のコートには落ち葉やら草がたくさんついていた。迷子というのは嘘じゃなさそうだった。
俺は、とりあえず女を車に乗せて、ホテルまで送ることにした。聞いてみると、ちょうど帰り道にあるホテルだったから、都合もよかった。

女を乗せてしばらく走った。
「一人旅ですか?」とか色々、どうでもいい質問を投げかけはしたんだけど、女の反応はイマイチだった。夢でも見ているみたいに、虚ろな表情をしていて、「はい」と「いいえ」しか答えが返ってこなくて、俺も次第に諦めて、ラジオを聞いていた。
ラジオでは、ちょうどニュースが流れていた。くだらない政治ニュースなんかが終わった後、事件のニュースになった。
「・・・本日、午前11時頃、XX県△△町で男性が殺害される事件がありました。警察は、現場から逃走するのを目撃者された赤いコートの女性が事件に関わっているとみて行方を追っています」
俺は、身体が震えるのがわかった。
横目で女を見ると、ラジオのニュースなんて聞こえてないみたいに、知らん顔していた。
・・・場所も服装も合っている。間違いない。とんでもない女を車に乗せてしまったと思った。
けど、いまさら車を降りて欲しいなんて言ったら、女がどんな反応をするかわかったもんじゃない。とりあえず、気づかなかったフリをしてホテルまで送ってやりすごそうと思った。それから、警察に連絡するか考えようと思った。

ホテルまでの沈黙が重たかった。背中は汗びっしょりだった。ハンドルを握る手も震えていた。
実際は30分くらいだったのに、2時間くらいに感じた。
ようやくホテルの前に着いた。
「・・・着きましたよ」俺は、絞り出すように言った。
「ありがとうございます」女はか細い声で言った。
・・・何事も起きなくてよかったと思った瞬間、女が振り返った。
その目が怪しく光っていた。
「もし、警察に連絡したり誰かに私のことを喋ったら・・・殺しに行きますから」
淡々とした口調だった。女はそれだけ言うと、車を降りて行った。
俺はしばらく放心状態だった。
「殺しに行きますから」そのフレーズが何度も頭の中で繰り返された。

と、まあ、こういう話。今日まで誰にも言ってなかったんだ。
その女?まだ、捕まってないよ。だから、怖くてさ。
ずっと誰かに言いたかったけど、言えなかったんだ。

・・・え?言わないと思ってたのにって?
冗談やめろよ。本当の話なんだから。俺、本当に怖かったんだから。
なんだよ、ミキ。包丁なんか持ち出すなよ。
・・・まさか。・・・でも。
顔が違うだろ・・・。
・・・整形?嘘だろ。
その赤いコート・・・・嘘だろ・・・。

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