第82話「まばたき」

これは私が高校2年生の時に体験した怖い話。

真夏の授業中。
窓際の席に座っていた私は、ボーッと外を眺めていた。
数学の授業はチンプンカンプンだったし、暑さのせいでとてもじゃないけど真剣に先生の話を聞いていられる状態じゃなかった。
窓の向こうは校庭だった。
体育の授業をしているクラスもなく校庭は無人。
ときおり砂埃が舞い、1階の教室からだと陽炎が立っているのが見えて、荒野の砂漠のようだった。

と、その時、校庭の端に女の人が立っているのに気がついた。
白い服を着ていて、腰まで届きそうなほど髪は長い。
陽炎の中、女の人のシルエットが波打つように見えた。
俯いているので表情は見えない。
なんで、あんなところに人がいるんだろう?
そう思った次の瞬間、私は目を疑った。
まばたきをしたコンマ何秒の間に、女の人が一気に10mほどこちらに近づいた気がしたのだ。
そんなバカな・・・。
見間違えだろうと思って、もう一度、まばたき。
・・・いや、見間違えなどではなかった。
女の人は、私がまばたきする間に確実に近づいていた。
人間とは思えない動きだった。
驚いて、つい、目をパチクリしてしまう。
すると、女の人はワープするみたいに一気にこちらに近づいていた。
背中を悪寒が走るのがわかった。
まばたきをする度、あの人は近づいてくる・・?

頭ではわかっていたけど、緊張したせいで、逆にまばたきが増えてしまった。
女の人は、どんどんこちらに近づいてきていた。
何なの、あの人・・・。人間じゃない・・・。
怖くて仕方なかったけど、私は声も出せず、身体は金縛りに合ったみたいに固まっていた。
窓から顔を背けることもできなかった。
がんばってまばたきをしないようにするしかなかった。
けど、1分もしないうちに我慢できなくなって、まばたきしてしまった。

女の人は、もうあと2回まばたきすれば教室に入ってきてしまう。
それだけはダメだ。絶対、あの人を近くに寄せたらいけない。私の本能がそう警告する。
がんばってまばたきを我慢する。
目尻がピクピクと痙攣し始める。
ダメだ。我慢できなくて、一回まばたき。
スッと女の人が近づく。
もう、目と鼻の先。
髪の毛に隠れて表情は見えない。
けど、口元は笑っていた。あれは絶対、人間じゃない。
怖い怖い怖い怖い。
私は必死にまばたきを我慢した。
でも、無理だった・・・。
まぶたを閉じてしまった。

今度は怖くて目を開けられなくなった。
このまま目を開けないでおこう・・・。
そうすれば怖いものを見ずにすむ。

何分くらい我慢したろうか。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
みんなが席を立つ音が聞こえた。
気がつくと身体の硬直は解けていた。
もう大丈夫だろう。
そう思って、私は恐る恐る目を開けた。
・・・・女の人は校庭から姿を消していた。

よかった・・・。
全身の力が抜けた。
身体中、汗びっしょりだった。
なにより目が乾燥して疲れていた。
私は、何度もまばたきをして潤いを取り戻そうとした。

その時、誰かが肩を叩いた。
振り返ると・・・あの女の顔が、目の前にあった。
真っ白な顔の女が血走った目を見開いて笑っていた・・・。

私が覚えているのは、そこまで。
後から聞いた話では、私は突然気を失ったらしい・・・。

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