第79話「遺産」
私のおじいちゃんは資産家だ。
たった1代で莫大な富を築いたらしい。
実業家と本人は言っているけど、実のところ何をやっているのか誰もよくわかっていない。
実の娘であるお母さんもよく知らないらしい。
だから、口さがない人は、若い娘を売り飛ばして稼いだとか、ライバルを殺してのし上がったとか悪口をいう。
まあ、そう言われても仕方ないくらい偏屈な老人ではある。
いつも無愛想で孫の私を可愛がるなんてことは一切なかった。
おばあちゃんを早くに亡くしてから、人里離れた山の中の屋敷で一人暮らしをしていて、決してお手伝いさんも雇おうとしない。徹底して屋敷に人を寄せつけないようにしている。
あんな広い屋敷をどうやって管理しているのか本当に不思議だ。
そのおじいちゃんも寄る年波には勝てなくて、80歳を超えて、体調を崩しがちになり杖をつくようになった。お母さんはおじいちゃんの体を心配して頻繁に様子を見に行くようになった。でも、あの偏屈じじいは、そんなお母さんに「どうせ遺産狙いだろう」と毒づく有様だった。
お母さんには弟が一人いて、おじいちゃんに似て性格が捻じ曲がっているものだから、私は大嫌いだった。おじいちゃんは、お母さんの弟に莫大な遺産のほぼ全てを継がせるつもりらしかった。だから、お母さんが見舞いにくるのは、遺産の分け前にあずかりたいからだと思っているのだ。
でも、私は、そうじゃないことを知っている。お母さんは、純粋におじいちゃんを心配していた。「あんな人、父親だと思ったことがない」と家では言っているけれど、内心では血の繋がった人の身を案じている。お母さんは、そういう人だ。だいいち、遺産がなくても我が家はそこそこの生活水準で暮らせていけている。
お母さんは、毎日のように見舞いに行って悪態をつかれて帰ってくる。家に帰ってくると、ぐったりとした顔をしている。
私は、おじいちゃんに一泡吹かせてやりたくて、ある計画を立てた。うまくいけばお母さんの苦労は報われかもしれない。失敗しても子供のいたずらで誤魔化せるだろう。
私は、暇を見つけては、おじいちゃんのお見舞いに同行するようにした。おじいちゃんの行動パターンと、屋敷の構造を把握するためだ。気づかれないよう、おじいちゃんの後をつけたり、おじいちゃんが昼寝している間に部屋の中を物色した。
1ヶ月もすると、おじいちゃんが大切な書類を閉まう書棚の場所をつかんだ。鍵はおじいちゃんが肌身離さず首からかけていることもわかった。
ある日、私は、計画を実行した。おじいちゃんがアームチェアーで昼寝している時に、こっそり鍵を盗み取って、書棚を開けてみると、ビンゴ。
遺産相続に関する書類が出てきた。人を信用しないおじいちゃんのことだから弁護士の先生に預けたりしていないだろうと思っていた。
私は、相続の書類を抜き取ると、暖炉に投げ入れた。おじいちゃんが死ぬまでバレなければ、法律にのっとってお母さんの取り分が増えるはずだと私は子供ながらに考えていた。
その時、眠っていたおじいちゃんが目を開けた。抜け目ないおじいちゃんは、鍵がなくなっていること、暖炉にくべられているのが相続書類だということにすぐ気がついた。
「なんて馬鹿なことをしてくれたんだ!」
「おじいちゃんが悪いんだよ。お母さんの気持ち考えないから」私は悪びれずに言った。
おじいちゃんは、燃えていく相続書類を火かき棒を使ってなんとか取り出そうとし始めた。
「お前は何もわかってない!こんなことをして、彼らを怒らせたらどうなるか!」
「何言ってるの?彼らってだれ?」
「私がどうやって1代で財を成したか知ってるか。悪魔と取引したからだ。その名の通り本物の悪魔とな」
おじいちゃんの言っていることについていけなかった。悪魔…?急に何を言い出したの。
「彼らの奴隷となり、彼らの言う通りにした。その引き換えに富を得た・・・私の死期が近くなると、彼らは私の身代わりに新たな奴隷を欲した。私は息子をさしだすことにした。あいつは、私に似て、金のためなら何でもする男だ。だけど、お前の母親は違う。あの子には、私と同じような人生を歩ませたくなかった。だから・・・」
書類は、ほとんど炭くずになっていた。救出は不可能だった。
「・・・なんて、馬鹿なことをしたんだ、お前は」
おじいちゃんは魂が抜けたようになっていた。
その時、突然、おじいちゃんの身体が突風に吹かれたみたいに弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。ぐしゃりと嫌な音がしておじいちゃんの口から血が吹き出した。見るからに即死だった。
呆然とする私の目の前に、いつの間にか奇妙な老人たちが立っていた。
頭には毛がなくて大きな鷲鼻は吹き出ものだらけ。口には歯が数本しかなかった。
老人たちは、シワだらけの顔をくちゃっと歪めて私に笑いかけた。
「・・・オ嬢チャン、遺産ヲ継ゲテヨカッタネェ」