第60話「すきま」

これは、大学の時、一人暮らしのアパートで起きた怖い話。

僕が住んでいたのは1Kのアパート。築20年以上経っていて外観はかなりボロボロに見えるが、中はリフォームされていて新築みたいに綺麗だった。

それは、経済学の学期末レポートを書いている時だった。
背中を向けているキッチンの方から視線を感じた気がした。
振り返ってみたがもちろん誰もいるはずがない。
キッチンから玄関に続く細い廊下は電気がついていないので薄暗い。
奥にいけばいくほど闇が濃くなって見える。
その闇の中に何かが潜んでいるのではないか、そんな気持ちがした。
時刻は深夜1時を過ぎていた。
時間が時間だけに、背筋が寒くなった。
気分を紛らわせようと音楽をかけて、レポート作りを再開した。

しかし、しばらくすると再び視線を感じる。
キッチンから玄関に続く廊下の照明をつけることにした。
明るければ怖くもなくなるというものだ。
立ち上がってスイッチを押しに行った。
だが、その時、今度は横から、例の視線を感じた。
眼球だけ動かして横目で見た。
6畳の部屋とキッチンを区切る壁際に冷蔵庫を置いているのだが、冷蔵庫と壁の間にできた細い隙間が妙に気になった。
数センチの真っ暗闇。そこに何かが潜んでいる・・・。
馬鹿げているとはわかっているが、一度そう思ってしまうと、首の後ろがチリチリするような嫌な気配は消えなかった。
僕は勇気を振り絞って、懐中電灯を手に戻ってきて、隙間を照らしてみた。
すると、奥の方に白っぽい何かがあるのが見えた。
冷蔵庫を少しずらして腕を伸ばし入れ、隙間から取り出した。
失くなったと思っていたシャツだった・・・。
僕は割と整頓好きな方なので、変な場所に洋服を放っておいたりしないから、なくなるなんておかしいなと思っていたのだった。
どうしてこんなところに・・・?
隙間をもう一度見ると、シャツを取り出した下に、他にも色々なモノがあるのに気がついた。
ブレスレット、ゲームソフトのパッケージ、大学の書類、箸のかたわれ。
すべてなくなったと思っていたものばかりだった。
こんな隙間に失くした物全てが集まっているなんて、誰かが故意にやったのでなければ、おかしい。
気味が悪くて仕方なかった。
本当は嫌だったが、僕はすきまに手を突っ込んで取ることにした。
それらの失くし物は、シャツよりも奥にあったので、精一杯手を伸ばしてやっと届くかという場所にあった。床に這いつくばるような体勢で筋肉が痛くなるまで腕を伸ばした。指先がやっと何かに触れた。
柔らかい・・・。そんなものあったっけかと思った瞬間、触れていたものが動いた。
サワサワと僕の手を這い上がってきて、手首をギュッとつかまれた。
それは、間違えようがなく人の手だった。
「うわっ!」大声を出して僕は手を引っ込めた。
慌てて懐中電灯で隙間を照らす。何もおかしなものは何もなかった。無論、人の手など。

そんなことがあってから冷蔵庫の場所をずらして隙間ができないようにすることにした。以来、おかしなことは起きていない。気になってインターネットや知り合いから情報を集めてみたのだが、隙間や部屋の隅には悪いものが溜まりやすいのだという。みなさんもくれぐれも気をつけて欲しい。

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