第51話「スーツケース」

この前、駅で電車待ちをしていたら、ホームの壁際にスーツケースが置いてあることに気がついた。
次の電車まで10分の間隔がある。
なんとなくスーツケースが気になってチラチラ見ていた。
5分くらいしても持ち主は現れない。
誰かが置き忘れていったのだろうか。
スーツケースに近寄ってみた。
すると、突然、スーツケースがガタガタと揺れ出した。
驚いて腰を抜かしそうになった。
まるで中に入っている生き物が出ようとしているみたいな動き方だった。
まさか、人が入っている・・・?
嫌な予感がして、駅員さんを呼びに走った。
けど、戻ってきた時にはスーツケースはなくなっていた。
たぶん自分の勘違いだろうと思い、駅員さんに謝って、その次の電車に乗った。
いったいあのスーツケースの中身はなんだったのか。
持ち主はどんな人間なのか。
おかしなことがあるものだと思った。

自宅最寄り駅についた時にはすっかり日が暮れていた。
自宅マンションまでは駅近くの公園を突っ切ると早い。
照明があまりないので少し怖いのだが、便利なのでいつもそこを通っていた。

公園には、もう、ひとけがなかった。
早く通り抜けようと思って、自然と早足になる。
その時だった。
遊歩道の向こうに、駅で見かけたのと同じ型のスーツケースがポツンと置かれているのが見えた。
まさか、そんな偶然があるのか・・・?
胸騒ぎのようなものを感じて、背中が寒くなった。
すると、スーツケースがひとりでにガラガラと動き出した。
まったく平らなアスファルトの上だというのに、下り坂になっているみたいに、こちらに向かってくる。
急に足が鉛みたいに重くなって、その場から動けなくなってしまった。
ガラガラガラ・・・。スーツケースが近づいてくる。まるで自分の意志を持っているみたいに。
目の前でピタッとスーツケースが止まった。
突然、ガタガタガタと揺れ出した。
駅で見た時と同じだ。
バタンとスーツケースが倒れて、錠が開いた。
見てはいけないと思って、咄嗟に目を閉じてしまった。
一瞬の静寂。ゆっくりと目を開いていく。
からっぽのスーツケースが口を開けていた。
周りを見回すが、真っ暗な雑木林があるだけ。
何もおかしなことはなかった。
逃げるようにその場から走り去った。
走りながら、気になって後ろを振り返ると、スーツケースが口を閉じてひとりでに立ち上がりガラガラと向こうに去っていくのが見えた・・・。

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