第46話「終電」

2017/10/24

 

その日、私は、接待で飲めない酒を飲み過ぎたせいで終電にもかかわらず眠り込んでしまった。
日頃の仕事の疲れがたまっていたのかもしれない。

ハッと目が覚めた時、電車は駅に停車していて車両には私一人しか残っていなかった。
自宅の最寄り駅なら、終電ともあればそこそこ乗客がいるはずなので、完全に乗り過ごしたのがわかった。
私は慌ててその駅で降りた。ホームには他の乗客の姿はなかった。
「長者」という駅らしい。
沿線にそんな駅があった記憶がなかったから、かなり遠くまで乗り越してしまったようだ。

まいったなぁ・・・。

乗り過ごしたせいで酔いはすっかりさめていた。
どうやって始発まで時間をつぶそうか・・・。
今が夏の暑い盛りだったのが救いといえば救いだった。
何だったらホームでこのまま夜を明かしてもいい。
とりあえず、私は時間を潰せる場所があるかもしれないというわずかな望みにかけて駅の外へ行ってみることにした。
改札の窓口にはカーテンがかかっていて駅員さんの姿はなかった。

・・・期待は外れた。
駅舎を一歩外に出ると、一面の水田が広がっていた。カエルの鳴き声が合唱のように響いている。
かなりの田舎だった。
ひとっ子一人見当たらず、店の一軒どころか、タクシー乗り場すらない駅だった。
見渡す限り田んぼだらけい夜のているようだった。
私は駅前に設置されていたベンチに腰掛けた。
ここで始発まで待つか・・・そう心に決めた時だった。
田んぼの向こうに黒い人影が見えた気がした。
の中ほどに両腕を横にピンと伸ばして立つ人影。

・・・かかし、か。

夜の闇に紛れて立つかかしは、かなり不気味だったが、水田をなでるように吹く涼しい風に身をまかせているうちに、恐怖心も薄れ、うつらうつらとし始めた。
ガクンと首が下がったところで、ハッと目が覚めた。
今度は乗り過ごしちゃダメだという意識が働いたのだろう。
口元についたヨダレをハンカチでぬぐった。
相変わらずカエルの合唱は続いている。

私はふと違和感を覚えた。
かかしが立つ場所が、さっきより近づいていないか・・・?
まさか、気のせいだと自分に言い聞かせ、再び目を瞑る。
しかし、どうしても気になってしまい、すぐに目を開けた。
すると、かかしが3体に増えていた。
そんな馬鹿な・・・。蒸し暑いのに、身体の中を悪寒が走った。
さっきは見逃したのか?いや、絶対に1体しかなかった。
頭が混乱した。
しばらく目を凝らしてじっと見ていたが、かかしが増えたり動き出したりすることはなかった。
やっぱり気のせいか。眼精疲労かもしれないな・・・。私は目頭のあたりをマッサージした。
そして、パッと再び田んぼの方に目をやると、かかしは5体に増え、さっきよりさらに距離が近くなっていた。
悲鳴を上げそうになった。
私は、飛び起きてその場から逃げようとした。
しかし、駅の改札をふさぐように、別のかかしが立っていた。
周りを見渡す。
私を中止に円を描くように集まるかかし達。気づかないうちに、ゆっくりと包囲されていたのだ。
ザッザッザッ。かかし達はバッタのように飛び跳ねて、もはや隠そうともせず、包囲網を狭めはじめた。
私は鞄を胸に抱いて震えることしかできなかった。
近づくにつれ影でしかなかったかかしの姿があらわになった。

それは、かかしではなかった。
十字の板に荒縄で磔にされた人間たちだった。
麻の着物や野良着を着た昔の農民たちだ。
全員が私を恨めしそうに睨みつけていた。

ザッザッザッザッ。

かかし達がどんどん近づいてくる。そして、私は彼らに飲み込まれた。
・・・覚えているのはそこまでだった。

気がつくと走る電車の中だった。いつの間にか朝になっていた。
自宅の最寄駅まであと5駅の下り線だった。
眠ったまま何往復もしてしまったのだろうか。
どこからが夢でどこからが現実だったのか。
まだ夢から醒めていないような居心地の悪さが残っていた。

窓外を住宅地と田園風景が交互に流れていく。
その時、一瞬、風景の中に、はりつけにされた農民の姿を見た気がした。
しかし、景色はあっという間に電車の後方に流れ去っていってしまった。
窓に貼りつき遠ざかる景色を見つめた。
田んぼの中ほどに朝日を浴びてかかしが立っていた・・・。

 

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