第45話「マネキン」

2016/11/24

これは私の知人が体験した心霊現象です。

彼女は34歳で、ブティックの雇われ店長をしていました。
店長といっても、アルバイトの子と二人だけの小さなお店で、お客さんもそれほど多くなく、いつも採算ギリギリだったそうです。
そんな経営状態なものだからオーナーはコストカットにうるさく、ある時、マネキンが欲しいとお願いしたところ、オーナーが用意してくれたのはどこから拾ってきたのかわからないような薄汚れたマネキンだったそうです。

そのマネキンは、ヨーロッパのモデルさんを連想させる目鼻立ちがはっきりした顔をしていたのですが、とにかく状態が悪かったそうです。
「知人から安く譲ってもらった」とオーナーは言っていたそうですが、彼女はそれも怪しんでいました。
彼女は、そのマネキンに初めからあまりいい印象を持っていなかったそうですが、替えがないので使うしかありませんでした。
しかし、その日から、ブティックで奇妙なことが起こり始めたのです。

彼女が朝出社するとマネキンの立つ角度が昨夜から変わっていました。
その時は、アルバイトの子が動かしたのだろうと思ったそうです。
ですが、数日後、前日とは違う洋服をマネキンが着用していた時には、そんな指示をした覚えはないので、さすがに彼女もアルバイトの子を問いただしました。
しかし、アルバイトの子は「私は何もしていません」と言います。
滅多に店に顔を出さないオーナーがやったのか、と二人で訝しがりました。
その時、アルバイトの子が彼女に言ったそうです。
「マネキンから視線を感じる気がするんです」。
実は彼女も同じことを思っていました。
マネキンに背中を向けて作業をしている時、マネキンがこちらをじっと見つめているような気がしていたのです。
アルバイトの子と二人で雑談をしている時も、マネキンが二人の会話にじっと耳を傾けているような気がしてなりませんでした。
二人とも怖くなってしまい、今度、オーナーに相談して、そのマネキンは廃棄しようということになりました。

その日の夜のことでした。
彼女は、アルバイトの子を先に帰して、売上の計算をしていました。
マネキンと目が合うのが嫌だったので自分の方を向かないようにあらかじめ動かしておきました。
しばらく作業をして、フッとマネキンの方を見てみると、なんだか違和感を覚えました・・・。
マネキンのポーズが少し変わった・・・?
まさかね・・・。
恐怖心からそんな勘違いをするんだと思い、彼女は売上計算に集中して、マネキンの方を見ないようにしました。

ですが、数分経つと、やはり気になってしまいマネキンをチラッと見てしまいました。
そして、彼女は言葉を失いました。
マネキンが彼女の方に近づいてきていたのです。
今度は勘違いなんかじゃありませんでした。
明らかにマネキンは動いていました。

その時、急にマネキンの顔つきが変わりました。
口角が耳まで届きそうなほど上がり、目は不気味なほど垂れ下がって微笑みを浮かべていました。

彼女は這うように逃げました。
すると、マネキンが突如、凶暴な獣のような顔つきに変わり、四つん這いになって猛スピードで彼女を追ってきました。
彼女は間違って出口とは逆の試着室の方へ行ってしまい、袋小路に追い詰められてしまいました。
マネキンが奇声を上げて彼女に飛びかかりました。
彼女は咄嗟に、休憩用の椅子を手に取り、マネキンをはたき落しました。
たたきつけられた衝撃でマネキンは右腕と左足が取れました。
それでもマネキンは左腕だけで彼女ににじり寄ってきました。
彼女は、マネキンの頭を何度も何度も椅子で叩きつぶしました。
顔の判別がつかないほど粉々になって、ようやくマネキンは動かなくなりました。

電話で助けを求めたアルバイトの子は彼女の話を全面的に信じてくれました。
二人でオーナーを説得してマネキンの残骸はお寺で供養してもらうことになりました。
ですが、店内をどんなにくまなく探してもマネキンの右腕だけ見つからなかったそうです・・・。

実は、この心霊体験を聞かせてもらった数日後、彼女は亡くなってしまいました。
就寝中、部屋に侵入してきた何者かによって絞殺されてしまったのです。
警察の人の話では、犯人は右手だけで彼女を殺害したそうです。
単なる偶然かもしれませんが、私には、今でもマネキンの右腕がどこかを彷徨っている気がしてなりません・・・。

-ショートホラー