第37話「記憶消去」

2016/09/01

「一粒飲むだけで、嫌な記憶を忘れられます!!記憶消去薬」
サヤカはマウスを持つ手を止めて、驚きのWEB広告に目を見張った。
広告文句の下に、風邪薬に似た錠剤の画像が載っている。
その広告を見つけたのは偶然だった。
自殺の方法を探してリンクをたどっていたら、たまたま、ゆきついた闇サイトに掲載されていたのだ。
サヤカは考える間もなく、広告をクリックした・・・。

送られてきた記憶消去薬には使用説明書が添付されていた。
「忘れたい記憶を思い浮かべて、1錠お飲みください。24時間後、その記憶は脳内から完全に消去されています」
下の方に注意書きがあった。
「※ただし、1度に1錠、1日1回の服用量を必ずお守りください。使用方法を誤った場合に起こる全てのことに対し、当社は一切の責任をおいかねます」
例え騙されていたとしてもいい。神でも悪魔でもすがりつきたい。
サヤカは小瓶から1錠を取り出して、手の平に置いた。
先週、別れを告げてきた恋人の顔を頭に思い浮かべ、薬を飲み込んだ。

翌朝。サヤカはテーブルの「記憶消去薬」を見て、昨日、薬を飲んだことを思い出した。
いったい何の記憶を消したんだっけ?
薬を飲んだという事実は覚えているのに、消した記憶はいくら頭をひねっても浮かんでこなかった。
ハッとした。この薬、本物なんだ・・・。
だが、死にたい気持ちはまったくといって消えていなかった。
サヤカには、消したい記憶がありすぎた。
慌てて小瓶から新たに1錠取り出す。・・・1日1錠を守れば大丈夫なのよね。
サヤカは、職場で同僚たちから浴びせられた心ない言葉の数々を思い浮かべて、薬を飲み込んだ。

翌日になっても、自殺衝動は消えていなかった。ただ、死にたい理由が変わっただけだった。
どうして、どうして・・・。次から次へと嫌な記憶が頭をよぎる。
母から受けたひどい虐待。
学校に行けなくなって、引きこもっていた時の自分。
中学の同級生たちから受けたおそろしいイジメ。
蒸発した父。
忘れたい。全部、忘れたい。私は、やり直したいだけなの。
サヤカは、ビンに入っていた錠剤を全て飲み込んだ。

翌日。
サヤカの部屋で、不動産管理会社の男が呆然と立ち尽くしていた。目の前の光景がとうてい現実とは信じられなかった。
昨夜、隣の部屋から、うるさくて眠れないと苦情の電話が入ったのだが、いくら連絡を入れてもサヤカの携帯電話がつながらなかったので様子を見にきたのだった。
サヤカは床に寝転んで、むずがっていた。

おんぎゃぁおんぎゃぁおんぎゃぁ

見た目は大人でも、目の前にいるのは紛れもなく生まれたばかりの赤ん坊だった。

 

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