キヨコさん #028

 

「・・・私のこと好き?」
そう聞かれて、俺は固まってしまった。
どう返事をするべきなのか、脳みそをフル回転させた。
もし答えを間違えてしまったら、命がないかもしれないのだから。

俺が通う中学校には「キヨコさん」という都市伝説が伝わっていた。
学校で一人きりの時、見たこともない美人が声をかけてくる。それがキヨコさん。
キヨコさんは、初対面にも関わらず、いきなり「・・・私のこと好き?」と尋ねてくる。
「好き」と答えると、「嘘をつくな!」と言ってキヨコさんは隠し持っていたハサミで男をめった刺しにする。
「好きじゃない」と答えると、「・・・だったら死んで」と同じくハサミでめった刺しにされる。

そして今。学校帰りの校舎裏で、俺は見たこともない美人にいきなり告白されたところだった。
すぐに「キヨコさん」の言い伝えが思い浮かんだ。
だいたい名前も知らない美人がいきなり告白してくるか。
しかも、クラスでたいして目立っていないこの俺に。
そんなファンタジーはライトノベルの中だけの話だ。
それに、俺は割と記憶力がいい方だ。
こんな女子、校内で見かけたことは一度もないし、これだけの美人が噂になっていないはずがない。

喉がカラカラに乾いてきた。一体、どう答えればいいのだ。
たしか撃退法があったはずなのだが、それがどうにも思い出せない。
話半分で聞いていたからに違いない。それが悔やまれた。
「ねえ、まだ?」黙っている俺に、キヨコさんはイラつき始めたようだ。
背中に回した両手に一体何を隠しもっているのか、そればかりが気になってしまう。
「・・・ちょっと考えてもいいかな」
いちかばちか俺はそう答えた。
「・・・わかった。また、今度返事を聞きにくるね」
よかった。完全な誤回答ではなかったようだ。
その時、キヨコさんの手が動いた。俺は身がすくんだ。
しかし、現れたのはクッキーが入った袋だった。
「これ食べて。焼いたの」
俺にクッキーを渡すと、キヨコさんは背中を向けて去って行った。
俺は呆気にとられた。
彼女は、本当にキヨコさんなのか?もしかしたら、俺は、ものすごいチャンスを棒にふろうとしていたのではないか?
確かめる方法が一つあった。俺は去っていく彼女に呼びかけた。
「・・・あの、名前、まだ聞いてなかったよね」
彼女は振り返って笑顔で言った。
「シズカ」

家に帰ると、俺はクッキーの袋を見つめ、しばらくボーっとしていた。
ついに自分にも春が来たことが信じられない気持ちだった。
しかも相手はとびきりに美人だ。
「シズカちゃんか・・・」彼女の名前をつぶやいてみる。
今度、会ったら彼女のことを色々尋ねてみよう。
クッキーの袋を開けようとしてみたが、考え直した。
初めての女子からのプレゼントだ。
すぐに食べてしまうのはもったいない。

次の日の帰り。いきなりシズカちゃんが俺の前に現れた。
「・・・返事は?」シズカちゃんは、唐突にそう聞いてきた。
本当はすぐにでも交際を申し込みたいところだが、俺は慎重だった。
キヨコさんの言い伝えをまだ多少引きずってもいたし、なにより俺は臆病だった。
「・・・好きとか嫌いとかまだわからないけど、友達になれないかな」
シズカちゃんは、あまり腑に落ちていない様子だったが、しばらく考えてから言った。
「わかった」

俺達は一緒に帰った。しばらく二人とも無言だった。
いったい、こんな時何を話せばいいんだ。女子に免疫がない自分を呪った。
すると、彼女の方から話を振ってきた。
「ねえ。クッキーおいしかった?」
・・・しまった。一枚くらい食べておけばよかった。俺は、どう答えるべきか考えた。
「まだ、食べていない」と言ったら、うれしくなかったと誤解を与えてしまうかもしれない。
「おいしかったよ」俺は嘘をついた。
その途端、彼女の表情が一変した。
目が吊り上がり、額には青筋がはっきりと浮かんでいた。
「嘘をつくな!」
風を感じたと思った次の瞬間、喉元にハサミが突き刺さっていた。
・・・わけがわからなかった。彼女はシズカちゃんではなく、やはりキヨコさんだったのか。
キヨコさんは、その場に崩れ落ちた俺の身体に馬乗りになって、何度も何度もハサミを突き刺した。
薄れゆく意識の中、俺は、いまさらキヨコさんの撃退法を思い出した。

名前を尋ねるとキヨコさんは偽名を名乗る。
その時、「嘘つき」と言い返せば、キヨコさんは逃げ出し二度と現れないのだった。
俺が最後に見た光景は、ハサミについた血を満足そうに舐めるキヨコさんの姿だった。

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