第21話「開かずの間」

2016/08/31

俺の親父は、いわゆる〝霊媒師″だった。

俺も詳しくは知らないが、除霊や心霊現象の解明を生業としていたようだ。
親父の仕事のせいで、俺は小学校時代から同級生たちにイジメられ、近所の人からは「詐欺師の息子」と罵られ続けた。
俺だって逆の立場だったら、そうすると思う。
だから、俺は親父も親父の仕事も大嫌いだった。
高校を卒業すると、すぐに家を出て、10年以上連絡を取らずにいた。
そんな親父の訃報が届いたのは27歳の時。ある日突然のことだった。

親父は、祈祷中に倒れ、そのまま帰らぬ人になった。
原因不明の心臓麻痺ということだ。
発見したのは親父に除霊を依頼に来た人で、死後1週間以上経ってからだった。
孤独な最期だったらしい。

通夜と葬式は簡単に済ませた。
葬式の席上、「いかがわしい商売をしてたから、バチが当たったんだ」と面と向かって俺に言ってくる弔問客にはさすがに辟易させられた。

葬式の翌日から、親父の遺品整理に取り掛かった。
祈祷に使う装束や道具、お札、熱センサー機器など、怪しげなグッズが次から次へと出てきた。
そのくせ、仕事の依頼料は対して取っていなかったようで、預金は雀の涙程度だった。
親父の生き方に、胸がむかつくばかりだった。

遺品整理の途中、俺は、親父の書斎で鋼鉄製の大きな鍵を見つけた。
その鍵を見つめるうち、記憶の奥底が刺激された。
実家には一部屋だけ、親父から絶対に入るなと念を押されていた〝開かずの間″があった。
母屋から渡り廊下を渡ったところにある離れの物置で、もともとは蔵だったらしい。
鋼鉄製の扉に重たい南京錠がかかっていて、人を寄せ付けない雰囲気があった。
子供の頃、一度だけ、中に何がしまわれているのか親父に尋ねると、仕事で関わった「いわくつき」の代物が数多く保管されていると言っていた気がする。

俺は、値打ちのものが何かあるのではないかという軽い気持ちで、鍵を手に離れへと向かっていった。
南京錠を外し、扉を開くと、黴臭かびくさい臭いを感じた。
中には明かり取りの小窓が左右に一つあるだけで、懐中電灯が必要だった。
最近まで親父が入っていたようで掃除が行き届いていて埃っぽさはなかった。
懐中電灯を頼りに、中を見ていった。
ガラスケースに入った市松人形や刀といった、いかにもな代物から、ブラウン管テレビやベビーカーなど首を傾げるものまで色々なものが保管されていた。

その時、奥の棚に置かれた桐箱が目についた。
墨で書かれた文字は判読不能だが、厳重に封がしてあるところを見ると、値打ちモノなのではないかという期待が膨らんだ。
封を切って中を開けると、巻物が入っていた。
後で骨董品屋をネットで検索しようと頭で皮算用しながら巻物を開いていった。

それは、着物の女性が墨で描かれた掛け軸だった。
かなり古いものに見える。
にじむような細い墨の線でしだれ柳が描かれていて、掛け軸の中の女性はこちらに背中を向けていて顔は見えない。
素人の俺でもそれが何かすぐにピンときた。
幽霊画というヤツだろう。

シナを作った女の後姿が描かれているだけなのだが、見ているだけで、たまらなく不安な気持ちがこみ上げてくる。
正直、気味が悪かった。
とりあえず専門家に見てもらおう、そう思って掛け軸を巻き戻そうと思ったその時だった。
背中を向けていたはずの掛け軸の中の女が、顔を半分、こちらに向けていた。
薄い唇に笑みを浮かべ、般若の面のような目つきで睨んでいる。
「うわっ!」俺は思わず声を上げ、掛け軸を地面に落とした。
あまりの衝撃に腰が抜けてしまった。
その時、急に、懐中電灯が明滅し始め、明かりが消えた。
辺りを深い闇が覆った。
俺は慌ててスマホをポケットから取り出しライトをつけた。
震える手で、掛け軸にライトを向けた。

女が掛け軸からいなくなっていた!

どこからともなく女の妖しい哄笑こうしょうが聞こえてきた。
俺は、這うようにして入口に向かって逃げた。
突然、風もないのに入口の扉がしまり始めた。
「助けて助けて」誰にともなく言った。
入口まで手が届きそうな距離に来たその時だった。
急に髪の毛をグイッと掴まれ、無理やり上を向かされた。
掛け軸の中の女が俺をじっと見おろしていた。
女は目に笑いを浮かべ、俺を頭から食べようとでも言うように口を大きく開けていた。
俺は死を覚悟した。

パン!

急に何かが弾ける音がした。
すると、女は急に気が変わったように俺を解放すると、クルリと背を向けて闇の中に消えていった。
音がしたのは、俺のポケットの中だった。
中には親父の遺品を整理していた時に見つけた、人型をした木の札が入っていた。
何とはなしにポケットに入れてしまっていたのだろう。

後から親父の資料を調べてわかったことだが、人型をした木の札には、災いを代わりに引き受けてくれる身代わりの力があるらしい。
たまたまアレを持っていなかったら俺は今頃、どうなっていたのだろうか。
親父が俺を救ってくれた・・・なんだか複雑な気分だった。
まあ、恐ろしい目にあったのも親父の仕事のせいなのだが。
自分があんな目に遭ってみて初めて、親父や親父の仕事を顧みることができた。
もしかしたら親父は大勢の困っている人達を救ってきたのかもしれない。
そう思うと、急に、親父が格好よく思えてきた。

親父の遺品は全て処分してしまうつもりだったが、今は、できる限り保存しようと思っている。

-ショートホラー