第20話「児童公園」

2016/08/31

僕が小学校に上がる前の話だ。

僕はよく近所にある児童公園で遊んでいた。
鉄棒、ブランコ、ジャングルジム、砂場、滑り台、その公園には一通りの遊具が揃っていたので、近所に住む子供達にとっては格好の遊び場だった。
僕は、割と人見知りしない方だったので、名前も知らない子ともすぐに打ち解け、日に日に遊び仲間が増えていき、毎日が楽しかった。
だが、そんな夢のような時間も夕方5時のチャイムが鳴るまでだった。
チャイムが鳴ると、家族の人が迎えに来て一人また一人と遊び仲間の子達は帰っていってしまう。

僕にはお父さんしか家族がいなかった。
けど、お父さんは残業が多かったので、僕を迎えに来てくれる家族はいなかった。
そのことをみんなに知られるのが恥ずかしくて、僕はいつも最後の一人になるまで遊んでから、一人ぼっちで帰っていた。
暗い道を一人で帰るのは、たまらなく寂しかった。

そんなある日のこと。
その日も、いつもみたいに遊び仲間の子達が家族と一緒に帰っていくのを見送っていたら、公園の入り口に、初めてみる女の人が立っているのに気がついた。
赤いワンピースを着て、ツバつきの帽子をまぶかに被っていた。
僕たちの方をじっと見ている。
きっと誰かのお母さんなんだろう、そう思った。
だけど、誰もその女の人に駆け寄っていく素振りがない。
そうこうするうちに、一緒に遊んでいた子達に次々と迎えが来て、気がつくと、公園にいるのは僕とその女の人だけになった。

女の人は、何をするでもなく、まだ、じっと僕の方を見ている。
不思議に思っていると、女の人が手招きをし始めた。
おいで、おいで・・・。ゆっくりと細い手を動かしている。
頭ではおかしいなと思っていても、僕の心は、その女の人に引きつけられていた。

僕が赤ん坊の時に両親は離婚していて、僕はお母さんの顔を知らない。
もしかしたらという気持ちがなかったとはいえない。
僕は、女の人のところまで歩いて行った。
顔を見上げると、女の人は薄らと笑みを浮かべていた。
女の人が僕の手を取った。夏だというのに氷みたいに冷たかった。
僕は、女の人に連れられて、歩き出した。
女の人はずっと無言だった。僕も何も喋らなかった。
だけど、僕は心が満たされていくのを感じていた。初めて迎えにきてもらえた喜びでいっぱいだった。

だから、家の方角とは別の道を歩いていることにも気が付かなかった。
女の人が立ち止まり、我に返った時には、踏切の中ほどに立っていた。
僕は、早く踏切から出ようと女の人の手を引っ張った。だが、急に岩にでもなったみたいに女の人は動かない。
カンカンカンというチャイムが鳴って、遮断機が降りはじめた。
手を引きはがそうとしても、女の人は手をまったく離そうとしない。
顔には、薄らと笑みを浮かべたままだ。さっきからまったく表情が変わっていない。
僕は、急に怖くなって、「助けて!」と叫んだ。
向こうから電車が勢いよく走ってくるのが見えた。
女の人は、ギュッと僕の手を握りしめたままだ。
「助けて!」僕は目を瞑った。
キィィィ。電車のブレーキの音が聞こえた。
目を開けると、目と鼻の先に電車の先頭車両があった。
通りかかった男の人が非常停止ボタンを押してくれたらしい。
女の人は忽然と姿を消していた・・・。

その日以来、僕は、その児童公園に近寄るのを止めた。
けど、小学校5年生の時、一度だけ、クラスメイトとその児童公園の前を通りかかったことがある。
公園の入り口に、あの女が立っているのを見つけた時には、背筋が凍りそうになった。
女は、あの日と同じ赤いワンピースを着て公園で遊ぶ子供達をじっと見つめていた。
僕は恐ろしくて逃げるようにその場を後にした。

 

 

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