心霊動画 #017

2017/09/27

 

私は、Youtubeのような動画投稿サイトの類を一切見ない。
以前は、暇があればしょっちゅう見ていたのだが、どうしても見れなくなってしまった。
それは、大学生の時に遭遇した恐ろしい出来事が原因だった。

大学1年の春。
キャンパスを歩いていた時にたまたま映画研究会の人から勧誘され、断るのも悪いなと思って、
その場で、サークルへの所属を決めた。
映画研究会には、私のように、飲み会の時にしか現れないモチベーションの低いメンバーもいれば、
映画製作に並々ならぬ情熱を注ぎ傑作を作ろうと息巻く作家肌のメンバーもいた。
一学年上の酒井さんは、後者の一人だった。
「映画を作るってことは、一つの世界を作り出すってことなんだよ」と酒の席で熱く語っていたのを今でも覚えている。

ある時、その酒井さんが中心となって、数分の心霊動画を制作して動画投稿サイトにアップしようという話になって、
私もお手伝いとして参加することになった。
肝試しにやってきた大学生達が心霊スポットで悪霊に遭遇するという簡単なシナリオが作られ、
悪霊役の特殊メイクを作ると、さっそく撮影に向かうことになった。
撮影場所は、大学の近くにある廃旅館で行われることになった。
その廃旅館は、テレビでも取り上げられたことがある心霊スポットだったので、
今回の企画にはおあつらえ向きの場所だった。

メンバーの一人の車で、現場の廃旅館に到着したのは深夜12時を過ぎようという頃だった。
撮影は2~3時間の予定だった。
人里離れた山の中、伸び放題になった草木の中に埋もれるように旅館は建っていた。
窓ガラスはほとんど割れていて、正面玄関の看板は黒ずんで読み取れなかった。
心霊スポットだけあって、気味が悪い雰囲気だった。
だが、撮影という目的があるからか、サークルメンバーは恐怖を脇にやり撮影の段取りに集中しようとしているのがわかった。
特に監督である酒井さんは、指示をてきぱきと飛ばし、プロのような働きぶりだった。

機材の準備ができると、さっそく、大学生が廃旅館に到着するシーンから撮影が始まった。
撮影予定の3分の2ほどは、何事もなく順調だった。
だが、いよいよ悪霊が登場するクライマックスを撮影しようという時、メンバーの一人が言った。
「誰かに見られている気がする・・・」
その一言をきっかけに、メンバー達は次々と実は怪現象を体験していたことを告白し始めた。
録音担当のメンバーは、何度もラップ音を聞いていた。
また、役者の一人は、本番中、誰かに足を触られた気がするという。
みんな内心、恐怖でいっぱいだったのだが、撮影に水を差すことができず、言えずにいたのだ。
かくいう私もそうだった。
撮影場所の移動をしている時、通りかかった客室に女の人が立っているのが見えた気がした。
一瞬のことだったので見間違いに違いないと、がんばって思い込もうとした。
「やっぱり、ここやばい場所なんだよ。もう帰った方が・・・」照明担当メンバーの言葉を遮ったのは酒井さんだった。
「バカバカしい!あとちょっとで撮影終わりだろう。途中で投げ出すのかよ」
そう言った酒井さんの手が震えているのが私には見えた。
彼も内心は怖いのだ。
だが、作品を完成させたい思いで自分を鼓舞していた。
「15分休憩しよう」
そう言うと酒井さんはカメラを持って、素材となる映像を撮るため、一人で上階に向かっていった。
残された私達は、旅館のロビーで固まって休憩を取った。
みんな押し黙っていたが、イライラしているのがわかった。
私も、この場から早く帰りたくて仕方なかった。

しかし、15分経っても20分経っても、酒井さんが戻ってこない。
何かあったのではないかと探しに行くことになった時には、すでに休憩から30分以上経っていた。
私達は、懐中電灯を手に、みんなで固まって酒井さんを探した。
「酒井さーん」恐怖を少しでも消すように大声で代わる代わる呼びかけた。
しかし、酒井さんからの返答はなかった。
4階の廊下に差し掛かった時だった。
メンバーの一人が、「おい、あれ」と懐中電灯を床に向けた。
カメラだけが残されていた。
置いたというより、投げ出したような不自然な角度だった。

結局、発見はそれだけで、朝まで探したが、酒井さんの姿はどこにも見当たらなかった。
「怖くなって自分だけ先に帰ったんじゃねえのか」誰かが言ったのが既成事実となり、帰り際、話題は酒井さんへの愚痴ばかりだった。

しかし、翌日になっても酒井さんはサークルに顔を出さなかった。
そればかりか、大学も休んでいた。
警察に相談し、すぐに、廃旅館と周辺の山の捜索が行われたが痕跡一つ発見されなかった。
酒井さんが最後に撮っていた映像に何かヒントがあるのではないかと思って、
撮影メンバーみんなで確認したが、酒井さんは一人になってから何も撮影していないことがわかっただけだった。

1か月経っても、酒井さんは発見されなかった。
一体、彼の身に何があったのか誰にもわからなかった。
やがて、誰からともなく、撮影した動画を完成させようという案が出た。
それが、酒井さんのためにもなるだろうと。
そうして、みんなで協力して動画の制作は終わり、動画投稿サイトにアップロードすることができた。

しばらくすると、ネットですごい反響があった。
動画投稿サイトには、「マジで怖い」「どういう仕組み?」など、コメントが殺到した。
撮影メンバーは全員、それを見て、狐につままれたような心境だった。
撮影は終わっていなかったので、肝心のオチとなる怖いシーンはないまま記念の意味でアップしていたにすぎないのに・・・。
改めてアップした動画を確認して、みんな言葉を失った。
動画には、撮影していないはずのシーンが追加されていたのだ。
そのシーンは、動画の最後に何の脈絡もなく差し込まれていた。
場所は例の廃旅館だった。
真っ暗な部屋で青年が身を守るようにうずくまっている。
それは、酒井さんだった!
「助けて助けて助けて」動画の中の酒井さんは念仏のように繰り返しそう唱えていた。
そして、ふいに、何かの気配に怯えるように辺りを見回し出した。
「うわぁぁぁ」動画の中で酒井さんが急に立ち上がり部屋を飛び出すと廊下を全速力で駆け出した。
カメラはそんな酒井さんを追うように映している。
酒井さんが振り返ったのに合わせて、カメラワークも回転した。
瞬間、長い髪をした女の顔が大写しとなった。目と鼻と口があるべき場所に、真っ黒な穴が開いていた。
・・・動画は、そこで終わっていた。
もう一度、再生する。すると、なぜか酒井さんのシーンだけ、さっき見た時と変わっているではないか。
今度、酒井さんは、藪を掻き分けて走っていた。
何度も何度も後ろを確認する。
すると、再びアノ女が現れ、猛スピードで酒井さんを追い始める。
酒井さんは悲鳴を上げながら逃げ続けた。

再生するたび、酒井さんが女に追われるシーンが差し替わった。
まるで、ライブ中継のように・・・。
「映画を作るってことは、一つの世界を作り出すってことなんだよ」
私は、酒井さんの言葉を思い出していた。
酒井さんは、自分が作り出した恐怖の世界の中に閉じ込められてしまったのだろうか。

「これヤバいよ。消さないと・・・」メンバーの一人が言った。誰も反対しなかった。
ネットにアップされた私達の心霊動画は削除された。
しかし、すでに誰かが拡散していたようで、他サイトでもその心霊動画が紹介されていた。
あの心霊動画は今もどこかの動画投稿サイトに出回っているかもしれない。
それ以来、私は、一切、動画投稿サイトを見られなくなった。

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