「雨女」 雨の日に現れる謎の女の都市伝説#003

2017/09/20

 

僕が高校生の時、雨女という都市伝説が流行ったことがある。

大雨の日に、ひとけのない道の半ばで、傘もささずにうずくまっている若い女性がいたら、それは雨女だという。雨女に決して声をかけたり、傘を差し出してはいけない。もし、それをしてしまうと、雨女に殺されてしまう。そんな話だった。
チープな都市伝説だとみんなで笑っていたが、みんな心のどこかでは純粋に怖がっていたと思う。

そして、ある大雨の日、僕は雨女に遭遇してしまった。
雨のため、サッカー部の練習が早く終わって帰宅している時のことだった。
朝から降っていた雨はいまだに止む気配がなく、日暮れまでまだ時間はあるのに垂れ込めた雨雲のせいで辺りはすでに暗かった。
住宅街を歩いていると、通りの真ん中にうずくまっている若い女性の姿があった。
腰まで届きそうな黒髪が、着ているコートにべったりと張り付いていた。

僕は、恐怖で足が竦んだ。
引き返そうと思うのだが、アレに背中を向けてはいけないという本能的な勘が働いた。
僕は、勇気を振り絞って一歩ずつ近づいて行った。ルールはわかっている。声をかけたり、傘を貸さなければいいのだ。気にせずに横を通りすぎてやり過ごそう。そう考えた。

ピチャ、ピチャ。

僕が水たまりを踏む音が、さっきより大きく聞こえる。
足が重たい。
ザーッという雨音が耳鳴りのように響き、くらくらと眩暈を感じた。
雨女の横に並び、手が届きそうな距離までくると、身体の震えが一層激しくなった。
見てはいけないとわかっているのに、僕は横目で雨女の方を見てしまった。
幸い、長い髪の毛に隠れて顔は見えなかった。
大丈夫、大丈夫。僕は自分に言い聞かせ一歩ずつ足を動かした。
だんだんと雨女との距離が開いていくにつれ、安堵の気持ちが広がってきた。
やっぱり単なる思い過ごしだったのか・・・?
そう思った時だった。
ズチャリという音が背後から聞こえた。
雨女が立ち上がったのだ!
僕は恐怖で、急に固まったように、その場から動けなくなってしまった。
来るな!来るな!必死に念じた。

ズチャリ、ズチャリ、ズチャリ。

背後から雨女の気配が近づいてくる。

ズチャリ。

すぐ背後に雨女がいる。ヒューヒューという、抜けるような息遣いが聞こえる。
「・・・傘・・・貸して・・・くれませんか」
くぐもった声が耳元で聞こえた。「うわぁああ」僕は、傘を投げ出して、四つん這いで逃げ出した。
どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。気が付くと玄関に、ずぶ濡れで立っていた。ポタポタと制服から水が滴る音を、しばらく呆然と聞いていた気がする。
冷え切った身体の寒さで、やっと我に返ると、とにかく熱いシャワーを浴びようと思って、僕は水を含んで重たくなった靴を脱ごうと屈んだ。

ポタタタタ・・・・。

僕の制服から滴る水音とは、明らかに異なる音が目の前から聞こえた。
ふと視線を上に向けると、玄関を上がったところで、見覚えのある傘の先端から水が滴っているのが見えた。
一気に見上げると、畳んだ傘を手に持った雨女が僕をじっと見おろしていた。
帰宅した母に発見されたのは、それから数時間後。僕は、玄関先で気を失っていたらしい。
雨女の顔は、今でも思い出せない・・・。

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