【怖い話】古着 #002

2017/11/28

 

大学の友人のAは、古着が好きだった。
僕は、誰が着たかもわからない代物など着用したくないタイプなので、その点では意見が合わなかった。
何度か古着屋に付き合ったことがあり、その度、古着の良さを熱弁されるだが、風合いや色褪せの加減など、今ひとつピンとこないのだった。
ある日、Aが新しく買ったという古着を見せてきた。
黒いコートだった。
古着と言われなければ、高級ブランド品に見えなくもない。
Aは、素晴らしい一品を見つけたと喜んでいた。
しかも、かなり安かったという。
古着にも良質なものがあるのだと僕は初めて思った。

2週間後。久しぶりに授業でAに会った。よほど気に入ったのか、その日もAは黒いコートを着ていた。
「久しぶりじゃないか。授業、さぼりすぎると単位落とすぞ」
そう言って僕は、Aの隣の席に座った。
その時、卵が腐ったような不快な臭いが鼻を刺激した。
その臭いは、Aのコートから漂っているようだった。
周りを見ると、その臭いを敬遠してか、Aの周囲の席だけぽっかりと空いていた。
「少し体調が悪くてな」
そう言ったAの顔は、病的なまでに蒼白かった。
頬はこけて、眼の下は黒ずんでいた。
「・・・なにか重い病気なのか」
「たいしたことじゃない」
「・・・」
それきり会話は途絶えてしまった。
隣のAが気になってしまい、その授業の内容は何一つ頭に入ってこなかった。

それから、Aは大学に姿を見せなくなった。
何度かメールを送ってみたが、返信はなかった。
僕は、気になって、Aの一人暮らしのアパートに行ってみることにした。
インターフォンを押すと、中で人が動く気配があった。
倒れたりはしていないようで、安心したのも束の間、ドアが少し開いた瞬間、僕は、思わず鼻を押さえた。
卵が腐ったような強烈な臭いがAの部屋から漏れ出てきたのだ。
ドアの隙間から顔を出したAは、 最後に見た時よりさらにやつれて、骨が浮き出てミイラのようになっていた。
「なんだお前か、どうした?」
見かけからは想像できない軽快な声がAの口から発せられた。
「どうしたって・・・A、お前、大丈夫か。病院には行ったのか」
何の病気なのかさっぱりわからなかったが、尋常ではない事態がAの身に起きていることだけは確かだ。
「どうして病院に行くんだ?どこも悪くないのに」
Aはそう言って笑った。
「急に訪ねて来たと思ったら病院に行けなんて、おまえ、おかしいぞ」
「おかしいのはおまえだよ、A」
その時、僕は気がついた。Aが、まだ黒いコートを着ていることに。
「A、おまえ、ずっと、そのコート着たままなのか」
「ああ。こいつは最高だよ。もう二度と脱ぎたくないんだ」
Aは愛おしむような目でコートを見つめた。
思えば、Aがおかしくなったのは黒いコートを買ってからだ。
僕は悟った。元凶は黒いコートに違いないと。
「A。そのコート、脱げ」
「なんでだよ?」Aは苛立ったように言った。
「いいから脱げって」
僕が無理やり脱がせようとすると、Aは僕の手を払いのけて後ずさりし、威嚇するように歯をむき出しにした。
まるで野獣のようだった。
「・・・このコートに触ったら、殺すぞ?」
Aの口から漏れてきた言葉に僕はショックを受けた。
もはやAはAではなかった。
僕は、Aのアパートから逃げるように退散するほかなかった。

数日後、Aは近所の雑居ビルから投身自殺をした。
目撃者の証言では、やはりAは黒いコートを着用していたらしい。
「まるでなにかに引っ張られるようにビルの屋上へ向かっていった」
そう証言する人もいた。
ただ、どういうわけか、亡くなったAの遺留品の中に黒いコートはなかったという。
あの黒いコートは、今もどこかの古着屋で買い手を待っているのかもしれない・・・。

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